信州大学医学部歯科口腔外科レジデント勉強会

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Department of Dentistry and Oral Surgery, Shinshu University School of Medicine


いわゆる有病者の歯科治療

13. 肝硬変

2000.3.1 茅野

1.肝硬変症の概要

1)肝臓の解剖・生理学的事項

 肝臓は、体内で最も大きな臓器であり、横隔膜下の右上腹部に位置している。
消化管からの静脈血は門脈を通り、肝臓に運ばれ、動脈血は腹部大動脈の分枝から肝動脈を通って肝臓へ入る。

<機能>
1.蛋白代謝:蛋白質は肝臓において分解合成が行われる
(アルブミン合成、血液凝固因子合成)
2.炭水化物の代謝:グリコーゲンを肝臓に蓄える。
3.脂肪代謝:肝臓で生成される胆汁塩は脂肪代謝や脂肪酸化を行う。
4.解毒作用:多くの代謝による毒性物質や薬剤などは肝臓で解毒(分解)されるか、肝臓から排泄される。
5.その他:ビタミンA、ビタミンD、ビタミンK、ビタミンB12、鉄など、生体に重要な物質の貯蔵行う。

2)肝硬変症とは

 肝細胞の壊死、それに続く再生が反復されることにより結節を伴い、しかも間質反応である繊維の増生による肝小葉の改築が完成したび漫性の肝病変で、肝障害の終末像。すなわち、肝硬変は実質細胞の破壊、結合組織の新生、実質の再生をもって定義されている。

1.原因:C型肝炎ウイルスが最も多く、続いてB型肝炎ウイルス、アルコールなど
慢性肝炎から10〜20年経過後肝硬変に至る。
2.機能的分類
代償性肝硬変---黄疸、腹水、浮腫、意識障害、食道静脈瘤からの出血、消化管出血、肝性脳症などを伴わない肝硬変
非代謝性肝硬変---上記症状を伴うもの
(食道静脈瘤の破裂や出血傾向など重篤な合併症への注意が重要)
3.症状
口腔領域---舌乳頭の萎縮、粘膜下出血斑など
クモ状血管腫---50%に認められ、手背、腕、前胸部、肩甲部顔面など上半身の皮膚にみられる末梢血管拡張
手掌紅斑---47%にみられ、手掌の母指球、小指球および指先が強く斑紋状に潮紅。
食道静脈瘤---非代償性肝硬変にみられる。肝硬変が非代償期に入ると、肝機能不全と門脈圧亢進し食道に静脈瘤が生じ、消化管出血の原因となる。
脾腫---門脈圧亢進は脾臓能亢進症を生じ、その結果血小板減少がおこり出血が問題となる。
黄疸---血中ビリルビン上昇により皮膚や眼球結膜が黄染する現症
腹水---門脈圧亢進により肝臓内血液うっ滞がおこり、肝表面よりリンパ液漏出が起きた状態
浮腫---Alb合成能が低下しAlb低値、浸透圧が下がり水分貯留
*5年で20〜30%の割合で、肝細胞癌が発生する。

2.歯科初診時の注意事項

1)初診時

・現在肝硬変症の診断の下に内科にて加療中の患者
---患者の既往歴(輸血の有無)を正確に把握し、現在の状態や加療状況を問診するとともに、内科医にコンサルトし、歯科治療にあたる。(活動性の有無、代償性か非代償性か、腹水・食道静脈瘤・出血傾向・肝性脳症などの有無)

・肝疾患の既往を有する患者や多量の飲酒癧、黄疸様の顔色を呈する患者
---特に注意深く既往歴を聴取し、必要に応じて血液、尿検査などを行う。

2)肝機能検査

黄疸指数、ビリルビン、TTT、ZTT、GOT、GPT、GOT/GPT 比、ALP、LAP、LDH、CHE、血清蛋白、血清アルブミン、γ-グロブリン、A/G比、血清コレステロール、アンモニア、リウマチ因子、色素排泄試験(BSP、ICG)、血漿プロトロンビンなど。

・黄疸指数---赤血球中のヘモグロビンが壊れるとビリルビンが生じ、胆汁中に排泄される一方、一部は血中に出てくる。血中ビリルビン量は、肝障害が発生すると増加し、血清は黄色を増してくる。正常---4〜6、18以上では観血的処置の適応にはならない。
・血清ビリルビン---2mg/dl以上で黄疸 3mg/dl以上では予後不良
・血清トランスアミラーゼ(GOT、GPT)、血清乳酸脱水素酵素(LDH)---肝細胞の形態変化(変性・壊死)を示す。
*GOT、GPTは、300〜500単位まで上昇することもあるが、代償性肝硬変では正常範囲の場合もある。一般に、GOT>GPTのことが多く、GOT/GPTは、肝硬変の90%以上が1以上となり、肝不全がすすむほどGOT/GPT比は高く、その予後は不良 
・ZTT---肝硬変では12単位以上を示すことが多い。
・血清コリンエステラーゼ(CHE)---肝細胞の機能障害を示す。
・BSP試験---ブロムサルファレイン 5mg/kgを静注、45分値20%以上予後不良。
・ICG試験---ICG(インドシアニングリーン)0.5mg/kgを静注、排泄率20%以上予後不良。

3.歯科処置時の留意事項

1)一般的注意事項

・前日より、十分な安静と高蛋白食の摂取。(肝の予備力を発揮させるため)
・便秘がちな患者には、緩下剤を投与。(術後肝障害悪化の誘因)
・一回の治療を短時間にし、歯科治療や急激な疼痛などのストレスを与えない。---肝血流量を減少させ、肝機能を悪化させることがあるので注意する。
・処置は、バイタルサインをチェックし、短時間に行う。
・ステロイド剤(肝の線維化防止、自覚症状改善、食欲増進)や免疫抑制剤(顕性進行症)投与による免疫能低下にある場合、創治癒能の低下、易感染性であるため感染に注意する。
・感染症対策
・術中の血圧下降に伴う低酸素状態を防止するため 毎分4〜8分の酸素吸入を行い、肝臓が酸欠状態に   ならないように注意する。

・観血手術を要する場合、Childの判断基準(肝硬変症に伴う食道静脈瘤手術の適否)が参考となる。
(手術合併症や術後遠隔時合併症の発生は肝機能障害の程度に比例し増加する。)
<BSP(30分値)35%以下orICG20%以下が目安>
・処置後、バイタルサインの変動の有無、後出血などないか確かめる。

2)出血傾向が考えられる場合

血液凝固因子や線溶系因子の大部分は肝臓で生成されているため、肝機能障害があると各因子の生成低下や亢進が生じ、出血傾向のみられることがある。
また、肝障害に伴い血管内凝固が発現すると、血栓部において凝固因子が消費され低凝固状態となり出血傾向を呈することがある。(DIC血管内凝固症候群)
また、脾腫が出現し、血小板の質的量的異常が起こる。

<検査>
出血時間、凝固時間の遅延、毛細血管抵抗性試験陽性が多い、血小板数減少(DICを併発していると減少は著明)トロンボテスト、プロトロンビン時間の活性低下、ビタミンK依存因子である第II、VII、IX、X因子の減少(ビタミンKの吸収、生成障害により)、線溶系因子亢進

<出血対策と処置>
1.侵襲の少ない次善の方法に切り替える柔軟な治療方針を立てる。
2.抜歯や歯槽骨整形術など小外科的手術は、必要最小限とし、歯は可能な限り保存的な処置を行う。
3.抜歯を行う場合、最初に一番容易な一歯を抜歯し、止血、治癒状態を観察し、次回の参考にする。
4.止血処置を確実に行う。
血小板数が10万以下では出血への注意が必要、5万以下では観血的処置は避けた方が望ましい。 

(止血剤の投与)

全身的---ビタミンK(1日量60mg内服)
     血管強化剤(アドナ)、抗プラスミン剤(トランサミン、イプシロン)
     凝固因子濃縮製剤、新鮮血、保存血輸血
*全身的に使用する止血剤にはDIC併発の恐れあり、できるだけ使用はさける。

局所的---省略

3)食道静脈瘤についての注意事項

肝硬変患者では、肝の線維化などにより肝臓に入る血液量が制限され、門脈内で血液がうっ滞し門脈圧の亢進が生じる。食道から門脈に連続している食道静脈に血液の逆流がおこり、細い食道静脈は充血拡張し静脈瘤を形成する。

<静脈瘤破裂の誘因>
嘔吐、くしゃみなど、突発的、無謀なデンタルミラーの操作、印象採得

<対策>
過度のストレスや血圧の上昇に気をつける。
静脈路確保---循環血液量の維持
副腎皮質ホルモン(ハイドロコーチゾン100〜500mg)---ショックに対して酸素吸入、担当医に連絡

4).薬物使用時の注意事項

1.麻酔剤

局所麻酔剤---少量で強い麻酔効果が得られる塩酸リドカインや塩酸プロピトカインなどを必要最小限使用。(コリンエステラーゼ活性やアミダーゼ活性が低下しているため、肝臓での分解(解毒)が抑制され、局麻剤の血中濃度上昇するため)

笑気---麻酔時の低酸素症に気をつければガスによる直接の肝障害はない。

2.抗生物質

肝障害の比較的少ないペニシリン系(アンピシリンを除く)、セフェム系(チオメチルテトラゾール基を側鎖に持つ薬剤は除く)などを必要最小限使用する。
長時間使用の時は定期的に肝機能検査や腎機能検査を行い、十分注意し使用する。
副作用緩和目的で総合ビタミン剤、腸内細菌叢改善剤などを併用。

3.抗炎症薬

非ステロイド性消炎鎮痛剤の短時間の使用は、問題なし。
(肝疾患発現---酸性抗炎症剤>塩基性抗炎症剤)
長時間使用の時は定期的に肝機能検査を行い、十分注意し使用する。
(アスピリンやサリチル酸系抗炎症薬、インドメタシンのトリプトファン誘導体は肝障害が起こりやすく、アスピリン連用は抗凝固作用を有する為慎重投与)
*食道静脈瘤を有する患者、消化管出血の既往患者への非ステロイド性消炎鎮痛剤の投与はできるだけ避ける。

5.)緊急事態と対応法

急に顔色不良・血圧低下など生じた場合---食道静脈瘤破裂・上部消化管出血などを考える必要あり
吐血の際の誤嚥防止---側臥位に

 

<参考文献> 

肝硬変 阿部正和著 金原出版  

歯科のための内科学 井田和徳著 南光堂

成人病のすべて 歯界展望 別冊 医歯薬出版

有病者の歯科治療 歯界展望 別冊 医歯薬出版

歯科治療こんなときこんな注意 デンタルダイヤモンド


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